日本のゴルフクラブ発祥の地ってどこ?

アイアン

突然ですが日本でのゴルフクラブ発祥の地、というのがどこかご存じでしょうか?はじめて日本でアイアンクラブを作ったのはちょっと意外な土地。その後も地場産業のひとつとして発展し日本のゴルフクラブの歴史に名前を刻んできたのは・・・

日本のゴルフクラブ発祥の地は関西

いきなり答えを申し上げますと、日本のゴルフクラブの発祥の地は兵庫県の市川町というところです。ではその歴史を簡単に振り返ってみましょう。
明治34年にイギリス人のアーサー・グルームが4ホールからなる「神戸ゴルフクラブ」を作ったのが、日本におけるゴルフのはじまりと言われています。その後関西の欧米人の間でゴルフが盛んになっていきます。
昭和になると広野ゴルフ場の建設がはじまりますが、この時にグリーンのカップを切る器具とともに国産のアイアンヘッドの製造依頼を受けた工業試験場が、地場の刀鍛冶に相談をもちかけ、試行錯誤の上国産のアイアンを作り上げました。
熱した鉄の塊を叩いて鍛え上げ形にしていく方法で作られたアイアンの製造は高い技術が必要で、刀工の技術が生かされたわけです。
市川町と隣接する姫路市などでは、その後アイアンヘッドの製造工場が多く作られ一時期日本のアイアンヘッドの70%以上が姫路産であったと言われています。

軟鉄鍛造アイアン全盛期

その後、有名な三浦技研をはじめ多くの工場が作られます。手作業の工程が多かった当時の軟鉄鍛造アイアンの製造は日本人の得意とするところで、海外のメーカーが簡単に真似をできるものではなく、マスターズを制覇したようなプロもこれらの工場に製造を依頼し、調整のためにこの地を訪れることも珍しくありませんでした。
世界的にも軟鉄アイアンは日本製という評価が定着しますが、その中心にあったのが市川、姫路といったアイアン発祥の地でした。
まさに職人芸というべき技術で素晴らしいアイアンを作り続けてきた職人さんたちは、高いプライドをもち、名器を言われるアイアンを送り出し続けます。しかしその後時代は変わっていきます。

時代は鋳造に

技術の進歩とともにキャビティバック型のアイアンが主流になっていきますが、内部がえぐれたような形状のものは、鉄の塊を叩く鍛造製法では作ることができません。キャビティバックの隆盛とともに製造方法の主流は鍛造から鋳造になっていきます。
キャビティバックのアイアンやピン型パターのようなクラブは、芯を広げたり多少芯を外してもミスにならないことを主眼に作られています。しかし、日本のゴルフクラブ作りはアマチュアというよりもプロや上級者の要望に添い、わずかに芯を外して打ってボールに回転をかけるといった微妙な技術に応えるように作られてきた歴史がありますので、いわば世の中の流れがまったく反対方向にいってしまったような形になりました。
長い間プライドをもってひとつひとつのヘッドを鍛え上げてきた職人さんたちにとって、鋳造タイプのアイアンは容認できるものではなく「あんなものは素人が使うもの」といった感覚が根強く残ります。
このことが原因のすべてとは言いませんが、日本のメーカーが海外のメーカーにシェアを奪われていった要因のひとつであったことは間違いがないでしょう。

ゴルフは科学とパワーの時代に

現在のゴルフは、まさに科学とパワーの時代です。少し極端な言い方ですが、細かなスピンコントロール技術に磨きをかけるよりも身体を鍛えてドカンとクラブを振って飛距離を稼ぐゴルフの時代です。
いくら微妙なフェードやドローが打てても、セカンドのクラブが3番手も4番手も違ってしまっては勝負になりません。
打感が気に入らない、どこが芯だかわからないと言ってキャビティや中空を毛嫌いしていたプロも、今はアイアンにやさしさを求めるようになっています。

まとめ

テーラーメイド、キャロウェイ、ピンといった海外ブランドが全盛の今の日本のゴルフクラブ市場ですが、日本のメーカーが元気が無いことに一抹の寂しさも感じます。
もともと技術力は高い日本の工場ですので、その技術を生かし素晴らしいクラブを今後作ってくれのではないか?そんな期待もある筆者です。

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